『公子風狂 三国志外伝 曹操をめぐる六つの短篇』
 定価:695+税(著者:藤水名子 出版:講談社)


タイトル通り、曹操さんの周囲の人々――妻や息子、その身内などがそれぞれ主役の
短編6編が収録されています。

収録されているのは、以下の6話です。

『公子風狂』

丁夫人が曹操に嫁いでから別れを決意するまでが書かれたお話です。
この作品での丁夫人は、教養が高くて気が強い故に素直に夫への愛情を表すことが
出来ない、そんな女性に書かれています。丁夫人さんの態度は、少し意地を張り過ぎだと
思えないこともないのですが、いじらしく、また悲しさも感じられました。
壮大な野望を持つ夫について行く自信がなく、側にいても夫を煩わせるだけだから…と、心を抑えて
離縁を決意するくだりは、健気ですよ…。
私は丁夫人さんには「気が強く意地っ張りなだけの女性だった」というイメージしかなかったのですが
そんな思い込みを良い意味で覆してくれた作品です。


『青青子衿』

曹昂さんが主役のお話です。曹昂さんといえば、父の曹操さんをかばって馬を譲り、戦死したことで
有名ですよね。この話ではもちろんその辺りの話も書かれていますし、恋の話なども無きにしもあらず
です。ですがメインで書かれているのは曹昂さんの、養母・丁夫人さんへの想いではないかと思います。
マザコン…というのとは少々違い、どうも丁夫人を母としてではなく一人の女性として想っているのでは
ないかと、そんな印象を受けました。断定は出来ないんですけれどね。何故、曹昂さんが父親を助けたか。
その理由にも、丁夫人さんへの想いが関わってきます。父親を憎む曹昂さんという書かれ方は、新鮮でした。
母の理想通りに育てられ、結局そこから抜け出ることなく最期を迎えてしまったという
曹昂さんの姿には、一抹の悲しみをおぼえます。


『憂愁佳人』

曹丕さんの正室・甄夫人さんが主役です。
袁家から曹丕さんに強引に連れていかれ、妻にされたという自分の立場、また曹丕さんよりも自分は
五つも年上だということにこだわり、その上、自分は正室なのだからと本心を隠して、恨み言や文句の
一つも言わずに貞淑を装うなど、甄夫人さんはかなり気が強い女性として書かれていたのが意外でした。
意地を張らずに素直になってみれば良いのにと、言ってあげたいくらいです(笑)
ですが、正室であり年上であるという立場故に、本心を表すことが出来ない辛さも滲み出ていて、
曹丕さんへの想いに気付いた時には、もう遅かった運命が悲劇的に書かれています。


『女王の悪夢』

郭皇后が主役の話です。
甄夫人の追い落としを画策し、皇帝である夫(曹丕)の耳に讒言を吹き込んで甄夫人を廃させる
ように仕向けた過去がある郭皇后は、夫が病気で死に瀕している中、夫の死後に後を継ぐはずの
甄夫人の息子・曹叡が、自分を母の仇と恨み脅かすのではないかとの恐れから、悪夢に悩まされます。
讒言はしたけれど、死にまで追いやるつもりは無かった。自殺を命じたのは夫が勝手にしたことだから
自分が恨まれるのは筋違いだとする郭皇后の考え方は言い分けがましく思えますが、報復されるかも
しれないことへの不安や恐れ等の苦しみは痛いほど伝わってきます。
皇后であることに執着したが故に夫の愛は離れていき、女性としては必ずしも幸せでは
なかったとする郭皇后の姿は意外でした。邪魔者を追いやって目的を果たし、望み通りのものを
手に入れた悪女というイメージが強かったものですから。


『仮面の皇帝』

曹叡の皇后・毛皇后がメインで書かれているのですが、実は曹叡が主役とも読める話です。
毛皇后は、思いやりが深いと評判の夫・曹叡が、人が変わったように冷淡な人間になったことに
不安を感じ始め、それでも夫を信じようとするのですが、最後には曹叡に死を賜ることになってしまいます。
思いやりが深く優しいと評判だった曹叡が、どうして毛皇后を死に追いやるような酷いことをしたのか。
後半では、その謎解きがされていました。
幼い頃に失った母(甄夫人)を今でも慕い続け、母に死を賜った父(曹丕)を憎みながらも、
誰よりも憎んでいる父親に自分が似ていることに苦悩し、父とは違う心優しい人間になろうとする曹叡は
あえて人に思いやりをみせるように心がけていた。結局、それは見せかけの優しさでしかなく、曹叡は
変わることはできず、自分の冷淡さを認めてしまう…そんな書かれ方が、目からウロコでした。
そういう解釈も出来るんだなぁ〜と。


『曹操の死』

曹丕さんが主役の話です。父(曹操)が病に倒れて危篤状態にある中での、曹丕さんの父に対する
複雑な感情が書かれています。父の愛情を望んでいるのに与えられることはなく、かえって冷酷な息子
だと嫌われたがゆえ、あえて父を慕う気持ちを押し殺さざるを得なかった曹丕さんが可哀想で可哀想で…。
曹操さんの死後、曹丕さんはようやく父に対する思慕を素直に出すことが出来るのですが、その時に
曹丕さんの脳裡に浮かんだのは、自分が心底から見たいと願っていた光景でした。
その光景がどんなものだったのか…はネタバレになるので書けませんが、その場面でまた涙ですよ(T_T)
曹丕さんは一般的に、冷酷なイメージで書かれることが多いのが悲しいところではありますが、
この話での書かれ方は曹丕さん好きとしてとても嬉しかったですv


以上、収録されている短編はどの話も人物の心情が深く描かれていて読み応えがあり、お勧めの一冊です。
三国志の女性がメインで書かれている小説は珍しいので、そういう意味でも貴重な一冊だと思います。

 

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