「風邪をひいた日には」   

                     ※「某」は「それがし」と読みます。

ごほっ、ごほっ。
昨日から咳が止まらない。熱も少しあるようだ。
ううむっ、この常山の趙雲ともあろうものが風邪をひくとは…。
それでも無理して今朝は出仕したのだが、どうにも起きていられなくなって
午後からは自宅で休ませて頂いている。殿や皆には心配や迷惑をかけて本当に申し訳ない。

「趙雲、具合はどうだ?」
声をした方を見ると、何とそこには殿がいらっしゃった。
「とっ、殿!」
慌てて体を起こそうとすると、
「趙雲、そのまま横になっていてくれ。私に気など使うことはない」
と優しく仰って下さられる。
「風邪をひいたと聞いて、見舞いに来たのだ。心配でな…気分はどうだ」
「横になって休んだので多少は楽になりました。ご心配を掛けて申し訳ありません」
おお、家臣の体調を気遣って見舞いに来て下さるとは…。
このように(耳はでかいが)心優しい主君に仕えることができて某は本当に幸せです。
「それでな、趙雲。風邪で寝こんでいる時には誰かやさしく看病してくれる人がいると
 良いだろう?そこで、今日は儂が良い話しを持ってきたぞ♪」
そう言いながら殿が取り出した物を見るとそれは大量の、女人の姿絵…。
「この娘なんかどうだ?この地方の名門出身の娘さんで美人だし教養はあるし、お前の奥方に
 ぴったりだと思うのだが…」
殿は次々とその姿絵を某に見せて、そのようなことを仰られる。
「殿、天下に女はいくらでもいます。今は天下の大事を為すために大事な時期ですので、焦って
 妻を娶ることはないと思います。ですから今回は…」
私は今までに何百回言ったか分からない台詞を口にした。
「う〜ん、お前が断るというなら無理強いはしないが、良い見合い話だと思うけどな?」
「殿のお心遣い、まことに有り難くは存じますが、今回のところはどうかご容赦を」
「そうか。分かった。趙雲、ゆっくり体を休めて早く風邪を治すのだぞ。治ったらまた沢山
 お見合いの話しを持ってきてやるからな♪」
そう仰って殿は帰られた。殿は、独り身の某を気遣って何度と無く見合いの話しを持ってきて
下さるのだが、まさか風邪の見舞いにまで見合い話しを持ってくるとは辟易する。
もちろん、その殿のやさしさは嬉しいのだが…。

「おい、子龍。具合はどうだ?」
そう言いながら、殿と入れ違いに益徳殿が入ってきた。
「お前が寝こんでいると聞いてな、見舞いに来たぞ」
そう言うと、益徳殿は両手に抱えた酒壺を示した。
「風邪の時には酒だ!酒を飲んで温まればすぐに良くなるぞ!俺も風邪を引いた時には、酒だけを
 飲んで治したんだからな」
益徳殿が風邪をひくことなんて有るのか?と疑問を口にする間もなく、益徳殿は酒壺の封を切り
酒を杯に満たした。そしてその杯を某の方に差し出したのだが
「何?風邪を引いている時に酒を飲むのは体に悪いのか。それは残念だな。では、この酒は
もったいないから俺が飲んでやろう」
と、その杯の酒を一気に飲み干し、さらに酒壺に残っている酒もぐいぐいと飲んでいく。
某は、「酒が体に悪い」等とは何も言っていないのだが…。
結局、益徳殿は持ってきた酒壺を自分で空にして帰っていった。
見舞いにかこつけて酒が飲みたかっただけでは…と暫し呆然とした某であった。

それから暫く一眠りして目を覚ますと家僕から、孟起殿が訪ねて来られたと伝えられた。
「すぐにお通ししてくれ」
家僕が下がると、暫くして孟起殿が入ってこられた。
「子龍殿、体調を悪くされたとのことだが具合はいかがか?」
「うむ、眠ったので少し良くなったようだ。見舞いに来て下されたのか?」
「ああ。独りで横になっているのも寂しいだろうと思ってな。もし体に障りないならば、話相手
 にでもなろうと思って参ったのだ」
話し相手か…体の調子も大分良くなったようだし、このまま一人で寝ているのも退屈だ。
俺は喜んで孟起殿に話し相手をしてもらうことにした。これからの天下の眺望、成し遂げんとする
志し等について話がはずんだが、途中から雲行きが怪しくなってきた…。
「それでな、俺の親父と一族は曹操に皆殺しにされたんだ…。くそう!
曹操め、いつか貴様を血祭りに上げて、その生肉を食ってやる!絶対に仇を討ってやる!」
「……孟起殿?」
「俺はあと一歩で曹操の野郎を血祭りに上げることができたんだ!それを、あの韓遂のジジイが
 裏切りやがって…!!!!」
孟起殿はもう某のことは目に入っていない様子で曹操への恨みつらみを延々と述べ上げて
いる。駄目だ…完全に一人の世界に入ってしまったようだ。
結局、孟起殿は一人で激昂しながら帰っていってしまった。話し相手に来たのではなく、
愚痴を言いに来たのだろうか…。
はあ、また疲れがどっと出てしまった、少し休もうか…。

だが、休む間もなく軍師殿が見舞いに来られた。
「風邪を引いたと伺いましてね、心配で見舞いに来たのですよ」
例の白羽扇を片手に、軍師殿が仰せられる。
「軍師殿にまで心配をお掛けして本当に申し訳ない。大分良くなってきているようなのですよ」
「そうですか、それは良かったですね。もう治りかけているのならば、私が調合してきたこの薬を
 飲めば、瞬く間に良くなりますよ」
「軍師殿自らが某のために薬を調合してくださるとは…。かたじけない!」
「いえいえ、子龍殿が早く治ってくださるのなら、この孔明これ程嬉しいことはありません。
 では、これを…」
そう言って軍師殿は何かドロリとしたものの入った器を差し出した。
「こっ、これは…」
「私が調合した薬です。ささっ、遠慮せずにぐっと一気に飲み干されよ」
一気に飲めと言われても…某は、まじまじと器の中の薬を見た。
器はドロリとした濃い緑のような黒いような液体で満たされている。
その中に何やらうごめいている物が…。
「ぐっ、軍師殿。一体この薬には何が入っているのですか?」
「何って、体によさそうな物は何でも…。薬草に木の根等の植物はもちろん、蜥蜴の黒焼き、
 ム○デ、ミ○ズ、芋虫…」
「なっ、何か中でうごめいているようですが?」
「ああ、じっくりと煮込んだというのに、まだ生きているのがいるようですね。ですが生きたのを
 そのまま飲めば、さらに体には良い効果をもたらすことでしょう。さあ、一気にぐっと召し上がられよ」
生きたのをそのまま飲んで体に良いわけがない!情けないことだが、この趙子龍ともあろう者が
この薬だけは飲む勇気は出なかった…。

結局、軍師殿には申し訳無いが「後でじっくりと味わって飲む」とか何とかもっともらしい
理由をつけて、その場ではあの薬を飲まずにすませた。軍師殿は少しがっかりして帰っていった。
軍師殿に頂いた薬は、もちろん始末させた。軍師殿のお気持ちだけを受けとって…。
はあ、ほっとしたら疲れが…。某は深い眠りに落ちていった。

どれだけ刻が経ったのだろう。目を覚ました時には、そとは夕焼けに赤く染まっていた。
体の具合は…熱は下がったようだ。咳はまだ出るようだが、寝こむほどのことはない。
某はゆっくりと身を起こして、大きな伸びをすると外気に当ろうと外へ出た。

「子龍、寝てなきゃ駄目じゃないか!」
急に幼い子供の声が聞こえた。見ると、供の者とこちらへ走ってくる阿斗様の姿がそこにあった。
「阿斗様!いかがなされました?このような所へいらっしゃるとは…」
「子龍が風邪をひいて寝てるって聞いて、お見舞いに来たんだよ!子龍、風邪なのに起きて来ちゃ
 駄目だよ〜」
心配そうに阿斗様が言われる。心配して見舞いに来て下さるとは、阿斗様は何と心やさしく成長
されているのだろう。感激しつつ
「阿斗様、子龍はお休みを頂いて沢山眠りましたので、もう大丈夫です」
と、安心させるように申し上げた。阿斗様に無用の心配をかけてはいけない。
「本当にもう大丈夫なんだね、子龍は」
「はい」
「そう、よかった」
阿斗様は、ほっとしたようにニッコリと微笑まれ、
「はい、これ。お見舞いに持ってきたんだ」
と、某に持ってきた物を手渡された。
それは…水々しく美しい、おそらく摘んだばかりの野の花の束であった。
「子龍が早く良くなるといいなぁって思って、僕が摘んできたんだよ」
「あっ、ありがとうございます、若君。若君御自ら、この子龍のために花を手折って頂いたとは、
 そのお優しい心遣い、臣は生涯忘れません!」
「やだなぁ、大げさだよ、子龍」
阿斗様は、またニッコリと微笑まれ、元気になって本当によかったと仰られると、供の者に
付き添われて帰っていかれた。

今日は沢山の方が、某を見舞いに来て下された。
一番最後の見舞いの花ももちろん嬉しかったけれど、他の方々もそれぞれ某のことを心配して
見舞いに来て下された。
見舞いの品は私の心に添わなくても、その気遣いが何より嬉しかった。
この方々と同じ陣営に仕えていて、本当に良かったとあらためて思った日であった。

(終)

↑以前、リクエストを頂いて書いた作品です。私にしては珍しく、孫権以外でしかも呉以外の小説
 です!これを書いた時は小説を書き始めた頃で発表するのも恥ずかしかったですし、しかも
 呉以外の小説を発表する場が以前は無かったので、そのまま封印しておいたのですが、2001年
 も、もうすぐ終りということで、恥を掻き捨ててアップさせて頂きました(^▽^;)
 蜀の方々の性格などは、かなり勝手に書かせて頂いておりますので、イメージが崩れる!との
 お叱りを受けるかもしれません。どうか、ギャグだと思って見逃して下さい〜(えっ、ギャグにも
 なってない?全然笑えない?そこも纏めてお見逃しを〜(^^;))

 ところで趙雲さんって、あまり風邪ひきそうにないような…。いえ、「バ○は風邪ひかない」ということで
 はなく、体が丈夫そうで健康に気をつけられていそうですから(汗)

              (戻る)

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送