『漢たちの興』

もう日が暮れ始めていた。
呉軍と魏軍が対峙して一ヶ月にもなる。
呉軍が度々、攻めようとも、魏軍は動こうとはしなかった。
「この戦局をどのようにすれば良いのか…。」
魯粛は陣内を歩き回り、悩んでいた。
圧倒的な戦力を誇る魏軍。
水軍では呉が勝っていた。
だからこそ、今のうちに叩いておかねばならなかった。
ふと、陣が騒いでいた。
見ると、孫権が小船に乗ろうとしていた。
「何処に行かれるのですか?」
魯粛がそう聞くと、孫権は微笑んで、
「曹操まで挨拶をしてくる。」
と言っていた。
魯粛は一旦、うんうんと聞いていたが、すぐに驚きを示して、
「何を仰るんですか!!!まさか、本気でそんなことを出来ると思っているんですか?」
と孫権を止めようとした。
だが、孫権は、
「うむ。ただ、楽を共に嗜みようと思ってな。」
そう言って抱えた二胡を魯粛に見せた。
それを見て、魯粛は、
「駄目です。捕らわれに行くようなものです。」
と焦りを隠せずに言ったが、孫権は、
「大丈夫だ。曹操という漢はそんな無粋な漢ではない。」
そう言うと、漕ぎ手に指示を仰いだ。
そして、
「私が帰るまで軍を乱りに動かすな。もし、逆らえば、軍法で裁く。」
そう言って船は曹操の陣までゆっくりと向かっていった。
「ああ…。」
魯粛は嘆いたが、ただ、待つことしか出来なかった。
小船はゆっくりと対岸まである曹操の陣まで移動していく。
曹操の陣が見えてくると、孫権はゆっくりと二胡を鳴らし始めた。
それを見た物見兵は程cに知らせた。
程cは急いで、曹操に知らせるつもりで寝所に向かった。
「殿。そ、孫権が我が陣の中に入ってきます!」
程cが言うと、曹操は起き上がり、
「どれ。」
と言って陣の中に入ってくる船を見つめた。
静かに二胡の音が聞こえる。
「捕らえましょうか?」
程cがそう言うと、曹操は微笑して、
「全軍に伝えろ。攻撃をしてはならぬ、と。」
と叫んだ。
「しかし!殿!」
程cがそう言うと、曹操はまたもや、微笑み、
「文官とは硬い者よ。遊びも知らぬとは…。船を出せ!返礼しようぞ!」
そう言うと、曹操は笛を持ち、船を出した。
程cが止めるのも聞かず、曹操も船を出した。
そして、孫権の船に近づくや、笛を吹いた。
お互いの音が重なり合い、静かに魏軍は動くことが出来なかった。
やがて、音楽が終わると、
「お主の二胡、とても素晴らしかったぞ。」
と曹操は誉めた。
だが、孫権は決して驕ることなく、
「貴公の笛の音も最高だった。」
と答えた。
そして、二人は見つめあい、笑った。
すると、孫権は、微笑んで言う。
「もうすぐ春の出水が来る。速やかに去られるのが上策だと思うが。」
「もうすぐ春が来るのか。」
「うむ。」
「ならば、春の日はゆっくりと自分の城でくつろぐことにしよう。」
「それが良いと思われる。」
そう言うと、孫権は漕ぎ手に引き返すように指示を出した。
「何故、このようなことを?」
曹操がそう聞くと、孫権は、
「曹操という漢を直にこの目で確かめてみたかった。それだけである。」
と言った。
「ふっ、大した漢だ。楽しい余興だったぞ!」
曹操がそう言うと、孫権は返礼の代わりに二胡を弾き鳴らした。
曹操は孫権が陣から出ると、すぐに小船から楼船へと乗り移った。
「殿!今が好機ですぞ!」
「程c、お前はわしの名を落としたいのか?」
「しかし!」
「ふっ。孫権という漢。あれほどの大器だったとは。」
そう言うと、曹操は、
「全軍、退却する。」
と言った。
「何故でございますか?」
「もうすぐ春が来るとのことだ。孫権がそう言っていた。」
「それは殿を惑わすためです!」
「いや、奴の奏でた音。そこには偽りも策略もないほど純粋な音色であった。」
「しかし!」
「ならば、お前に同じようなことが出来るか?」
「…。」
「大胆さと剛勇。これを兼ね合わせておらねば出来ぬ。もし、奴がわしの息子であった
 のならと思うと悔しくて仕方ないぞ。はははは。」
そう言って、曹操は程cの肩を叩いた。
もう、程cは何も言えずにただ、曹操に随うだけしかなかった。


「公、無粋が過ぎます!もし、曹操が殿を捕らえたら、私はどうすればいいんですか!」
魯粛は孫権が帰ってくるなり、そう言った。
「無粋なのはお主だ。」
「何故です?」
「戦の中にこのように興がなくてはつまらない。それに曹操という漢は一見、残酷そう
 にも見えるが、礼を尽くせば礼で返すほどの漢。曹操という漢の本質を見抜いてこそ、
 そこから、勝機というものも見えてくる。」
そう言うと、孫権は小船から陣の中に入った。
「そういうものなんですか?」
魯粛は半ば、納得がいかないような顔をしていた。
「そうだ。余興も楽しめぬ漢が国を一つ、興せるわけがない。そうだろう?次に会える
 のが楽しみだ。」
そう言うと、孫権は幕僚に入っていった。
「しかし!公!これからの戦はどうすれば…。」
魯粛と程c。
二人の軍師の心配は他所に二人の漢は心安らかにしていた。
「公!」
「殿!」

end


↑keisukeさんから頂いた小説です。孫権さんが、曹操さんに「息子に持つなら…」と誉め
 られたというエピソードをもとに素敵なお話を書いて下さいました!孫権と曹操。雌雄を
 決すべき敵同士ではあるけれど、乱世の時代を戦い抜こうとしている英傑であると、
 互いに互いのことを認めているような…楽を奏する二人の姿に、そ
のような雰囲気が
 
感じられ、その雰囲気に心を奪われましたv単身で敵陣に乗り込むばかりか、挨拶だと
 して二胡を奏でる孫権さんの、大胆且つ遊び心ある人柄。敵であれども、才能ある人物
 には心からの敬意を表する大器であり、楽も余興も心得る曹操さんの人間的魅力。
 二人の英傑の魅力と個性が何とも格好よく書かれていて、二人の力強くもすがすがしい
 対面は、もう感動的です!
余興を楽しむ主人にそれぞれ翻弄させられてしまう、魯粛さん
 と程cさんもまた、味があって良いですねv
 魅力溢れる英傑二人の、赴きのある対面のお話、どうもありがとうございました。

 

             (戻る)

 

 

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送