「よし、今日も狩りに行くぞ!」

 孫権様がそう言い出したとき、私はまた、始まったと思った。

 「公よ。何故、そんなに狩りをなされるのですか?もし、公に命の危険がありましたら、
  この国はどんなるのですか?」

 私がそう言うと、孫権様は、

 「張昭よ。いらぬ心配をするな。私はこんなにも健康だぞ。」

 そう言われて、孫権様は胸を張った。

 私は頭を少し抑えて、ため息を付くと、

 「今は健康でも、虎に襲われたらなんとされまする。お願いですから、
  虎狩りは止めて下さいませ。」

 と言った。

 すると、孫権様は、

 「大丈夫だ。虎は狩るものではない。射るものなのだ。」

 と弓矢を放つ型をした。

 私はもう一度、深くため息を付いた。

 孫権様は狩りのことになると、何故か話の意味が通じなくなる。

 なんとしてでも、狩りを成し遂げようとするのだ。

 そして、私がいくら諫言をしようとも、あっさりと話を返される。

 その孫権様の回転の速さには感嘆にすべきだが、何故か狩りにだけ本領発揮される。

 そのことが更に私の頭を痛めさせる。

 結局、狩りに出かけることになった。

 私は衛兵に、

 「何があっても、公をお守りするように。何があってもだぞ。」

 と注意深く、言い聞かせる。

 私自身にも言い聞かせるように。

 そして、狩りは始まった。

 衛兵が馬で茂みや森の中を散策する。

 その勢いで鳥が飛ぶ。

 「ほら、公。鳥ですぞ!!」

 私は叫んだ。

 だが、孫権様は鳥を射ようとはしない。

 「公、鳥が飛んでいます。今こそ、公の弓の腕前…。」

 「あれは虎ではない。」

 「鳥と虎。どちらも似たような発音ではありませんか。」

 「と、だけしか合ってはおらぬではないか。」

 そのとき、私は孫権様の衛兵に合図を送る。

 すかさず、衛兵が鳥を射た。

 「あ、公の矢が鳥を射ましたな。これは大収穫です。虎にも匹敵するほどの勢いでしたな。」

 私は笑って孫権様を見る。

 そして、

 「さあ、狩りの時間は終わりですぞ。」

 と言って城に引き返そうとした。

 「張昭…。虎はまだだぞ。」

 その声が背中から聞こえた瞬間に私は力が抜けるような感じがした。

 私は仕方なく、二つ目の仕掛けを開始することにした。

 孫権様に分からないように私は衛兵に指示をする。

 「あ、虎ですぞ!」

 私は叫んだ。

 それは前日に絵描き師に描かせた虎の絵だった。

 遠くから見たら、本物のように見えるまで描かせた。

 孫権様は興奮をして、弓を引いた。

 そして、狙いを定めて、矢を放った。

 見事にそれは虎の絵に命中した。

 だが、次の孫権様の一言。

 「不思議だ。矢を射たのに泣かないぞ。」

 私は待ってましたとばかりに、すぐに衛兵に指示を出す。

 絵の虎を持っている衛兵が虎の鳴きまねをする。

 「ぐぉぉぉぉぉ。」

 すると、孫権様はそれを聞いて、

 「可笑しな泣き声だ。」

 と呟いた。

 すると、私は、

 「風邪を引いているのでしょう。」

 と言った。

 「夏なのに、風邪を引くのか?」

 「虎は夏に風邪を引く動物なのですよ。」

 と私は自信満々に言った。

 これで、孫権様は帰られる。

 私の計画は上手くいったと思った。

 しかし、孫権様は、

 「虎を射たのに、何故、あの虎は動こうとせん。」

 と不思議に思って首をかしげた。

 私は焦って、孫権様に見えないように、一生懸命、動かせと手で指示を送った。

 「そんなに手を振ってどうした?張昭。」

 私の動きを感じて、孫権様は不思議に思って聞いてきた。

 「い、いえ、あ、暑いので扇子で扇いで、いたのですよ…ははは…。」

 「扇子は何処にあるのだ?」

 孫権様は私の手を見て言われた。

 私は扇子を探したが、こういうときにこそ、見つからない。

 いつも、持ち歩いているのに。

 「あ、公!虎が動いておりまするぞ!」

 私はそう言って、誤魔化すために虎の絵を指差した。

 「不思議な動きをする虎だ…って張昭!!!あんな仕掛けが分からぬほど、
  私はバカではないぞ!」

 確かに虎の絵が前後左右しても、余程のバカではない限り分かってしまう。

 「やっぱり、ただのバカではないのですね…。」

 「何か言ったか?」

 「いえ。何も!」

 「それよりも、あんなものを作る暇があるなら、政に精を出せ!!」

 そう言われて、私はムッときてしまい、

 「公が…。」

 と諌めようとしたとき、一人の衛兵が、

 「虎です!」

 と叫んだ。

 見ると、大きな一匹の虎が歩いていた。

 すかさず、孫権様は馬を走らせた。

 そして、弓を引くと、見事に虎の背中に矢を浴びせた。

 すると、虎が身を翻して、孫権様の馬に襲いかかった。

 私は口を閉口しながら、しどろもどろに叫んだ。

 「衛兵!何をしてる!早く公をお守りせよ!」

 「しかし!ここからでは孫権様に当たって…。」

 「バカ者!!」

 そう言って私は衛兵から弓矢を奪うと、孫権様を襲っている虎、めがけて矢を放った。

 しかし、私は弓を使ったことが無かった。

 そして、運悪く、それは孫権様の頭に向かって飛んでいる。

 「げげっ!こ、公!!!頭を下げてください!」

 私はとんでもないことをしてしまったのだと思ったが、後の祭りだった。

 孫権様は私の放った矢を見ると、

 「張昭のバカ者っ!」

 そう言いつつも、頭を下げて矢を避けた。

 すると、その矢は見事に殿の頭上をかすめ、虎の目に当たった。

 虎は大きく一声鳴くと、殿の馬から離れた。

 「衛兵!!」

 私が叫ぶとたくさんの矢が虎を射た。





 「張昭…私を殺す気だったのか?」

 そう言われて、私はため息を付くと、

 「公を狙ったわけではありません。虎を狙ったのですよ。」

 「本当か?日頃の恨みと思ってなかったのか?あの矢にはすごい殺気が
  こもっておったぞ。」

 「何をアホなことを…。」

 私は更にため息を付いた。

 「アホとはなんだ!アホとは!」

 「いいえ。今回は言わせてもらいます。たまたま、運良く、本当に私の矢が当たったから
  良かったものを…。もし、命でも落とされたら…どうなさいます!!!」

 私は怒り気味に言った。

 すると、孫権様は、

 「済まない。私の考えが足らないばかりに…。」

 と珍しくも謝った。

 私はそんな孫権様を見て、いささか諌めすぎたような気がした。

 「公。分かってくれれば良いのです。」

 「うむ。本当に済まない事をした。」

 私はそんな孫権様を見て、これからも更にお守りしようという心になった。

 そして、孫権様の愛馬の傷が深くないことを見て、

 「公。愛馬も無事に生きておりまする。愛馬のためにもどうか、こんな危険なことは
  止めて下さいませ。」

 「そうだな。済まなかった。」

 私は大事にならなかったことに深く胸を撫で下ろした。





 それからしばらくして。

 「公。これは何を作っておられるのですか?」

 馬車のようだが、とても頑丈そうに作られている。

 「うむ。これはだな。虎狩りの車だ。これだと我が愛馬が虎に襲われて
  命を落とす心配もない。どうだ?張昭!素晴らしいだろう。」

 私は開いた口が塞がらなかった。

 「公…私の言っている意味が理解しておられたのですか?」

 「うむ。これならば、馬の命の心配がない。」

 「公。馬ではなく、公の命の心配です。」

 「だから、頑丈に作ってある。」

 私はため息を付いて、

 「公…虎狩りは止めたのではないですか?」

 「誰が止めると言った?」

 「アホに付ける薬はないと昔から言うが…まさに…。」

 「何か言ったか?」

 「いいえ。なんでも。」

 こうして、私は結局、孫権様の虎狩りを止めることは出来なかった。

 「公、少しは学んでくださいませ。」

 「うむ、学んでいる。ほれ。あの窓から虎を射るのだ。」

 孫権様はまたも、弓で虎をいる真似をした。

 その様子を見て、私は更にため息を付くばかりだった。



                          end


またまたkeisuke様から、素敵な小説を頂きました!虎狩り大好きな孫権さんに、何とか
狩りを止めさせようと必死な張昭さん、そしてそんな家臣の心配を他所に、好きな狩りに
夢中になる孫権さん。この二人の駆け引きが面白くて、大笑いしてしまいました(^^こんな
やり取りが出来てしまう、お二人の信頼関係が羨ましく、読んでいて心も和みます。
張昭さんの工夫が素敵ですね♪絵に描いた虎を何とか本物らしく見せようと、冷や汗かきかき
頑張る姿は、可愛くって声援をおくりたくなりますvv
孫権さんが虎に襲われ、スリルを感じた後には、ほのぼのとした二人の会話に暖かさを
感じさせて頂きました♪こりずに虎狩りを続けようとする孫権さんに、張昭さんも頑張って
対抗していって貰いたいですね。

面白くて、魅力的な二人のやりとりを描いた小説を、本当にどうもありがとうございました!

 

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