孫権は今日の謁見の席での孔明の言葉を思い出していた。
   
 誰もが開戦を反対していた。
 
 それほど、曹操の力は勢いを増していた。

 私は悩んでいた。

 今の皆の心でこの戦いに勝つことが出来るのか。

 そして、何よりも保身に走っている臣下の者たち。

 孔明はそんな様子を見て、一言、叫んだ。

 「この国の民が曹操に支配されても良いと仰るのでしょうか!」

 その言葉が深く私の胸に突き刺さっていた。

 そのときのことを私は全て、周瑜に話した。

 そして、

 「貴公はどう思う?」

 と、周瑜に聞いた。

 「この戦いに勝てるのか、ということでしょうか?」

 「うむ。それもある。」

 私が言うと、周瑜は考えた。

 私の話を聞いて、色々と考えはあるようだった。

 だが、周瑜は一つの道を示した。

 「主公が勝つと言えば、勝つことが出来、降伏といえば、その通りになりましょう。
  全ては主公の意思と共にあると思います。」

 臣下のこと。

 孔明の言葉。

 勝つのか、負けるのか。

 だが、周瑜は最後は主公が決めること、そう言っているようなものだった。

 「そうか…。」

 私はただ、そう頷いた。

 この国は亡き兄の孫策が築きあげてきたものだった。

 そして、その後に自然に座ることが出来た。

 果たして、兄と同じように戦えるのだろうか。

 兄のように私は王として務めを果たしているのだろうか。

 そのとき、周瑜が口を開く。

「孫策様がどのような想いで国をお創りになったのか…主公は覚えておられるはずで
 す。」

そう言われて、私はあのときの兄の言葉を思い出した。

 『国とは人が創る物。人以外が創った国など国とは呼ばぬ。』

 そう言われて、宇吉仙人と呼ばれる者と闘って、命を落とした兄の姿を思い出す。

 兄が呉を統治してから数年が過ぎていた。

 そんなとき、街で仙人と呼ばれる者が街を騒がせていた。

 仙人は自分を信じれば、永遠の命を授けよう、と。


 それが兄の耳にも入った。

 側近の者が兄のことを考え、耳に入れてきたのだ。

 「永遠の命?そんなものを手に入れてどうする?」

 そう兄は側近に言った。

 そして、私に向いて言った。

 「権よ。人は命に限りがある。限りがあるからこそ、夢を持ち、そして、今を生き
  るんだ。下らないことに惑わされるな。」

 そう言われて、私は、

 「はい。」

 そう言った。

 兄は人として、そして、王としても、誰もが認める存在だった。

 呉を統一してから、会稽郡まで治める。

 その力は計り知れなかった。

 ある日、仙人を支持している民と一般の民が暴動を起した。

 兄はすぐに飛んでいった。

 「止めろ!」

 兄はその状況を見て、そう叫んだ。

 誰もが動きを止めた。

 その中から仙人と呼ばれている者が前に出てきた。

 「この国の民は何故、私にこんな仕打ちをするのですか?それでも、あなたは
  この国の王ですか?」

 と言ってきた。

 私はその言葉に怒りを覚えた。

 私が腰の剣を掴もうとすると、

 「止めとけ。」

 そう兄は私に言った。

 「失礼なのはどっちだ?この国を治めているのはオレだ。そして、ここにいる民は
  オレの家族だ。それを扇動するとはオレに喧嘩を売っているのか?」

 兄はそう仙人と呼ばれている男に言った。

 「とんでもない。扇動なんぞしていませぬ。ただ、私は全ての者に永遠の命を。
  それだけです。」

 「そんなことをして人を惑わしてどうする?オレが分からないと思っているのか?」

 「何故、民を救うことが惑わすことなのですか?」

 仙人は微笑んで兄に言う。

 だが、兄は見極めていた。

 「本当に民を救うことなら、自分に付いて来い、などという態度は取らない。
  人は見返りを求めぬ行動の偉大さに付いてくるんだ。それが分からないお前は
  偽善者だ。」

 兄がそう言うと、仙人は口の端で笑って、

 「口で言っても、分からないのですな。」

 と言って、仙人は口で何かを唱える。

 その瞬間に兄を中心に周りの民が吹っ飛ぶ。

 「てめー!!」

 そう言うと、兄は剣を抜いて斬りかかった。

 だが、仙人は後ろに飛んで避けた。

 そして、嘲笑して兄に言う。

 「私に逆らえば、あなたの命など小さな灯火のように消えまするぞ。」

 「そんな脅しでオレを止められると思ったのか。」

 そう言うと、更に斬りかかる。

 私も剣を抜く。

 私は周りの兵たちに号令した。

 だが、その途端に兄と仙人以外の体が動かなくなった。

 「今、終わりますので、しばしお待ちを。」

 そう言って私を見る。

 そして、兄を見ると、

 「安心してください。あなたがいなくなったら、私が立派な国にしてみせますので。」

 そう悪戯に微笑んだ。

 兄上!

 私は声も出すことが出来なかった。

 皆も同じようだった。

 そのとき、兄が苦しそうに胸を抑えた。

 兄が死ぬのか…。

 そう思うと、力を振り絞って声を出す。

 「兄上!」

 だが、兄は、孫策は手を差し伸べて私を止めた。

 そして、仙人を見ると、

 「国とは人と人が創る物。お前のように人の命を弄ぶ奴には何も創れるわけがない。」

 と言って、私を見た。

 その目には何かの決意がある。

 私はそう感じた。

 兄は私が兄の気持ちを分かったのか、察したように、

 「オレは死んでも、オレの家族を守り抜く。だが、お前は生きて、この国の民を護れ。
  それがお前の役目だ。」

 そう言った。

 私は頷こうとした。

 だが、仙人が私の代わりに、

 「その役目も今日で終わりです。」

 と言った。

 兄は苦しそうにしながらも、

 「お前はオレが倒す。」

 そう言い放つ。

 だが、仙人は笑って、

 「なんとでも仰ってください。人など、弱い生き物。それを私が導こうというのです。
  感謝さればこそ、何故、私に歯向かうのか分かりませぬ。」

 と言った。

 父上、私に力を。

 私はそう念じて、最後の力を振り絞って剣を仙人に投げつけた。

 仙人は軽く避ける。

 その瞬間、孫策の剣が仙人の胸を貫いた。

 「ぐっ…。」

 孫策の剣が仙人の体を貫くと、仙人の口から血が出る。

  「お前に人の強さは分からない。確かに人は弱い。でも、弱いからこそ、
   人の生きる姿は美しいんだ。」

 そう言って、力強く剣を握り締める。

 「バカな…。」

 その言葉を最後に私は呪縛から解き放たれた。

 私は剣を拾うと、仙人に向かって剣を水平に薙いだ。

 そして、倒れる兄。

 私は兄に駆け寄った。

 兄は苦しそうに呼吸しながら、

 「みんなを…護ってやってくれ…。」

 そう言って孫策は、兄は崩れるように倒れた。

 私は涙が止まらなかった。

 今、思い出すと、昨日のことのように覚えている。

 人は弱い。

 そして、私も弱い。

 開戦か、降伏か。

 揺らいでいる私。

 だが、兄は最後まで言っていた。

 この国の民を護れ、と。

 兄はもういない。

 でも、兄の誇りと魂は私の中にある。

 人の偉大さを決めるのは名声でもない、肩書きでもない。

 その誇り高き魂。

 私は兄を通して、それを教えてもらった。

 そう思うと、私は決心をした。

 次の日、私は皆の前に立つ。

 皆を見ると、誰もが降伏だと思っているような顔つき。

 だが、それを悉く、反するかのように、

 「開戦である!」

 そう叫んだ。

 皆の顔に動揺の色が見える。

 だが、私は言葉を続けた。

 「この国の民は私の家族、貴公たちは私の大事な家族。それらを護るために
  私は闘う!」

 誰の目を見ても、諦めという敗北の色の目。

 だが、私は自分の言葉を続ける。

 「貴公たちに護りたい者はいないのか?貴公たちに護るべきものはないのか?
  あるのなら、命と誇り、それを掛けて私と共に闘え!!」

 そう言って私は心を言葉にして放った。

 今まで死んで行った者たちの行為を無駄にしてはならぬ。

 その想いで。

 「国とは人と人が創る物。ならば、誰が創る?曹操か?否、ここにいる貴公たちと
  私ではないのか!」

 その叫び声で皆の顔が変わる。

 私は一人一人を見た。

 闘え、そういう命令の視線でもなく、軽蔑する視線でもない。

 皆と共に、民と共に、そして、この国と共に私は在る。

 そんな誇り高き視線で。

 しばらく、お互いの視線が交差する。

 私は黙って見ていた。

 皆の中にある少しだけの誇り。

 それを最大に強く発するように願いながら。

 すると、張昭が前に進み出て、

 「ここにいる皆の者は主公と共に闘う決意であります。」

 と手を前で組んで頭を下げた。

 私は微笑んで頷いた。

 そして、皆を見た。

 張昭の言葉で皆の意思が一つになっていた。

 誰もが強き眼差しで私を見ていた。

 私は黙って、皆を見て頷く。

 そして、

 「ならば、貴公たちの誇りと魂を掛けて、この戦に示せ!そして、誰も死んではならぬ!!」

 そう叫んだ。

 心の中で私は誓う。

 誰が何を言おうと私は全てを護るために闘う。

 兄が命を掛けてまで、残してくれた誇り高き魂。

 それは今、私の中にある。

 だからこそ、これ以上、誰も死なせぬ。

 私はそう思うと、空を仰いだ。

      
   end


↑keisukeさんに頂きました!力強い孫兄弟の姿がなんとも格好良いです!
  国は人が創るもの。人の弱さを知るからこそ、人の生きようとする姿は素晴らしいのだと
  最期まで于吉に屈せず戦いを挑んだ孫策さん。その兄の信念と誇りを受け継ぎ、民を
  護るために、皆と共に戦うと決意する孫権さん。この兄弟の強さと誇り高さ、そして何より
  絆の強さが感動的です!最期まで信念のために戦い、民を護った兄と、兄の誇り高き
  魂と教えを受け継ぎ、国を護ると誓う弟…その兄弟の姿には、ただただ感涙でした(;_;)
  人は弱いからこそ、生きる姿は美しい。この言葉には励まされる心地がします。
  力強く感動的で、凛々しい孫兄弟の姿も素敵な作品を、本当にありがとうございました。

 

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